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子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。(その3)

 投稿者:真実を正せ  投稿日:2013年 9月 7日(土)01時38分25秒
返信・引用
  題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
                 (その3)

 南北戦争後のアメリカ南部には、
 黒人を虐げ、殺す暴力集団=KKK(クー・クラックス
・クラン)という組織ができ、
 またそれ以外にも、
 「黒十字騎士団」や「白バラ騎士団」や「白ツバキ騎士
団」など軽蔑すべき集団ができました。
 この様な、黒人の方たちを暴力的に虐げる秘密結社が林
立しました。
 黒人の方達へのテロが横行する暗黒のアメリカに化して
行きました。
 黒人の方たちは、白人優越=黒人蔑視の人種差別に耐え
抜くしかありませんでした。
 しかし、
 黒人の方たちは耐え忍んだとしても、
 黒人と白人の関係改善の社会の動きは、
 それらの動きに対して、耐え抜く事が出来ませんでした。
.
 奴隷解放の動きにあった共和党でさえ、
 何と、分裂し、
 民主党と手を結び事態を悪化させました。
 黒人の方たちの期待は、完全に裏切られました。
.
 解放民局は活動を停止しました。
.
 そしてまた、
 反動的な「大赦法」という法律がが成立しました。
 その法律によって、
 黒人奴隷を虐げた旧南部の支配階級の政治的諸権利が全
面的に復活しました。
 旧組織人たちの追放は、完全に解除されました。
 このことにより、
 以前の虐げ状態に戻りました。
 南北戦争の黒人奴隷の方たちの働きは無に帰してしまい
ました。
 事態は、完全に悪化し、決定的となりました。
 民主党が、選挙で議会の議席の多数を制しました。
 これは、奴隷解放の民主的再建の終焉を意味しました。
 そして、
 続いた大統領選で面倒なことが起こりました。
 この解決のため共和党は、
 南部に駐屯していた連邦軍を撤退することで事態の解決
をはかりました。
 南部は、民主党の支配下にゆだね、黒人の方たちの期待
は完全に裏切られました。
.
 南部の再建運動は、完全に挫折となりました。
.
 南北戦争は、そして、その戦争で亡くなった方々は何だ
ったのか?
 また、
 黒人の方たちの頼りだった北部も、
 独占資本家による厳しい状況から、労働者のストライキ
が続出し、軍が出動しなければならない状況でした。
 黒人の方たちは、
 北部の独占資本家と南部のプランテーション経営者との
連合支配下に置かれるという「より厳しい状況」に置かれ
ました。
 (北部の独占資本家にとって、南部は有望な国内市場と
映りました)
.
 黒人の方たちは、強靭さがより増した圧迫状況に、また、
置かれてしまいました。
.
(参考-1):wikipediaより
 リンカーンは、
 奴隷解放宣言によって黒人(混血のものも含む)の奴隷
を解放したことで賞賛される。
 しかしながら、
 リンカーンは、本来、奴隷解放論者ではなく、
 実際には連邦軍によって制圧された南部連合支配地域の
奴隷が解放されただけであって、奴隷制が認められていた
北部領域では奴隷の解放は行われなかった。
 宣言は、南部州における奴隷の反乱・逃亡・ボイコット
の効果を狙い、実施されたものであった。

(参考-2)
 アメリカは、1789年に合衆国憲法制定(「3/5条項」や
奴隷貿易存続などを承認したことにより、憲法が黒人奴隷
制度を容認した)。
 1793年、逃亡した奴隷は殺しても良いという条項もあ
る逃亡奴隷取締法が成立。
 そして、アメリカの事実上の奴隷解放は、1865年の憲
法修正第13条(奴隷制度廃止)の成立時である。
 そして、1868年の憲法修正第14条(黒人の公民権付与)
の成立時である。
 そして、1870年の憲法修正第15条(黒人の選挙権付与)
の成立時である。
 デンマークは、すでに、1802年に、自国領内での奴隷
貿易を禁止し、イギリスは、1808年に、奴隷貿易を禁止し、
フランスは1819年に、奴隷貿易を禁止している。
 1850年には、アメリカは、いっそう強力な逃亡奴隷取
締法を制定している。
 1860年にリンカーンが大統領に当選し、1865年に、リ
ンカーンが暗殺されおり、この年に、悪名高い黒人殺戮集
団KKKが結成されている。尚、1924年頃には第2次KK
Kの活動が盛んになっている(会員数は約500万人)。
.
(参考3)1860年に出されたリンカーンの予備宣言は、
南部諸州が治安回復に努めるならば、奴隷解放の必要はな
いと明記されている)

(参考4)北部軍が戦いで占領した地の南部軍の奴隷をど
うするかについて議論がなされた。
 北部軍の将軍の名に、その奴隷を解放するよう指令をし
た者も居たが、リンカーンはそれを取り下げた。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 
 

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。(その2)

 投稿者:真実を正せ  投稿日:2013年 8月24日(土)00時05分45秒
返信・引用
   題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
                   (その2)
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 リンカーンも仕方なく、国会の動きもあって、
 奴隷解放予備宣言を公付する事に踏み切りました。
 (注:1860年に出された予備宣言は、南部諸州が治安
回復に努めるならば、奴隷解放の必要はないと明記されて
いる)
 しかし、
 この時点に於いても、
 リンカーンは、奴隷の即時、無条件、全面解放をためら
っていました。
 宣言に、布告に縛(しば)られない例外地域を作ったり、
反乱してない地域は含まれないなどと例外規定を作ったり
していました。
 この後、2年も続く血みどろの戦いを経て、
 黒人の方たちの目覚ましい戦いぶりも加わって、
 1865年に憲法修正第13条が制定されるまで、
 リンカーンの不決断の影響は続きました。
 この憲法に及んで、やっと、
 このアメリカ黒人奴隷の方たちは自由を勝ち取りました。
 しかし、悲しいかな、
 これもつかの間の事でした。
 黒人の方たちのこの戦争における果たした役割は目覚ま
しい働きでした。
 それは、
 北部の軍事的勝利を最終的なものに導いた原動力の中で
も、
 際立って大きく重要なものでした。
 それは、
 黒人の方たちが、決してこの戦争を「白人の戦争」と考
えていなかったことに由来しています。
 その働きに至る一つの査証・1事例が、
 ニューヨークの黒人たちが、
 北部軍に参加して、戦うために、自分たちで軍事組織を
つくり、軍事訓練に励みました。
 そしてそれらは、
 リンカーンの黒人の軍隊参加の不決断に対する行動でし
た。
 ボストンでは、
 黒人集会の宣言:
 「私たちは、すでに用意が出来ています。私たちは、私
たちの生命と財産と名誉をかけて、自由のために、良き市
民として、
私たちの政府を守る覚悟が出来ています。
 私たちは、みなさん に、このことを訴えたいのです」・
・・と、宣言しました。
 しかし、
 リンカーンは、黒人の軍隊編入をためらい続けました。
 リンカーンのためらいに、しびれを切らした、多くの黒
人奴隷の方たちが、
 北部軍の将軍の元に馳せ参じる事態が起きました。
 そして、
 その多くの黒人の方たちは、
 戦争のあらゆる軍務に挺身しました。
 (てい‐しん【挺身】 [名](スル)率先して身を投げ出
し、困難な物事にあたること)。
 この時点になって、
 やっと、
 リンカーンは、
 黒人の軍隊編入を承認しました(これを「事後承認」と
言います。「後追い承認」とも)。
 しかし、黒人兵は、
 白人兵の給料の半分などと、さまざまな差別を受けまし
た。
 それでも南部軍に捕えられると殺される黒人兵士は、
 白人兵士にみられないほどの果敢な働きをしました。
 可哀想な事に、
 黒人兵士の死亡率は、
 白人兵士の死亡率より35%も高かったのです。
 厳しい戦況の中におかれたのかもしれません。
 1865年、4年に渡った南北戦争も終結しました。
 ここには、
 初めに黒人を「目覚めさせ」、「希望を与え」、そして、
「まとめ」、「指導した」、黒人の黒人解放戦士『フレデ
リック・ダグラス』が、これらの根幹に存在しました。
.
 子供たちの「リンカーンの伝記は間違い」なのです。
.
 リンカーンが、黒人を解放していないことがお分かり戴
けたと思います。
.
 子供たちの伝記は、書き直しの必要があります。
.
 リンカーンは、1865年、ブースという凶漢の手によっ
て殺され、生涯を閉じました。
 しかしここで、
 卑劣な事ですが、
 この南北戦争の後、
 黒人の方たちの戦いの血によって勝ち得た「黒人奴隷の
解放」という輝かしい成果が無に帰して行きました。
 敗北した南部の諸州は、
 次々に自前の『仮の政府』を組織するという事態が発生
しました。
 こともあろうに、
 旧奴隷所有者は、政権へ復帰して行きました。
 そしてまた、
 こともあろうに、
 奴隷制の復活の企てをしました。
 それを示す1事例、
 サウスカロライナ州の憲法制定会議での演説は最悪です。
 「これは白人の政府であり、白人だけの目的としたもの
である。最高裁判所は、黒人はアメリカ市民ではないとの
決定を下している」・・・と、公然と述べています。
 また、
 フロリダ州では
 「解放令によって、黒人奴隷は、自由の身になったと宣
言されても、黒ン坊はどっちみち奴隷みたいなものだ」と
の軽蔑すべき声がある様な有様でした。
 この様な中で、
 悪名高い「黒人法」がつくられました。
 この法によって、
 黒人の方たちに、多くの制限が加えられ、
 黒人を土地に緊縛(きんばく)し、
 強制労働や不払い労働に服させる結果となりました。
 そして、
 黒人の方たちを経済的に締め付けました。
 (アメリカでは、現代でも黒人の方たちへの人種差別や
偏見の改善闘争が続いています)。
 この様な様相の底流には、キリスト教によって強く洗脳
された「黒人の方達への偏見」があります。
.
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。(その1)

 投稿者:真実を正せ  投稿日:2013年 8月22日(木)12時33分2秒
返信・引用
  題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
                   (その1)
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 リンカーンは、「黒人奴隷を解放した」と言われていま
すが、間違いです。
 彼には、黒人奴隷を解放したいという希望や意志は全く
ありませんでした。
 リンカーンの黒人奴隷解放の意思は、「事の成り行きか
ら持った」という状態でした。
 その様に仕向けたのは、
 黒人の黒人奴隷解放戦士『フレデリック・ダグラス』で
した。
 また、その組織の働きかけがあったから、その方向に流
れただけです。
 これが真実なのです。
 子供たちの伝記には、『間違いが書かれております』。
 正しい内容に書き換えられなければならないのです。
 キリスト教には、「黒人は人ではない」とみる歴史があ
ります。
 この様な見方に影響された人々がしたことは、
 黒人の奴隷解放に一旦ちょっぴり傾いても、至っても、
直ぐに『自分たちの利』にとらわれて、元に戻ってしまう
という事でした。
 悲しいかな、黒人の方たちは、
 「人間ではない、奴隷という原罪」があると理由づけら
れた考え方をされていました。
 特に、
 アメリカ南部は、現在も「バイブル・ベルト」と言われ
ている様にキリスト教徒が多い地帯。
 ここの地に、黒人奴隷の悲しい歴史が刻まれました。
.
 奴隷制は、疑問なく容認する考え方の地でありました。
 キリスト教聖書に説かれている奴隷制、アメリカ南部の
人達は、当然のごとく、奴隷制を容認し、黒人の方達を奴
隷として虐げました。
 そして、この南部の奴隷制寡頭勢力は、(かとう‐せい
【寡頭制】 少数者が権力を握って行う独裁的な形態)、
 自分たちの利が脅(おびや)かされるに及んで剣を引き
抜き南北戦争を起こしました。
 自分の意に合わない相手を殺す教義「異教徒は殺せ」の
教義のままに「考え方の違うものは滅ぼせ」の教義どおり
の行動となってしまいました。
 その様なアメリカの中でも共和党は、アメリカ全土の奴
隷制反対勢力が応援し、育て、そして、強固にした党でし
た。
 (ちなみに、民主党は、奴隷制を容認する党です)。
 くすぶりの中にあったアメリカは、1861年に南北戦争が
起き、リンカーンはこの年に大統領に就任しました。
 後代の歴史家が「南北戦争は奴隷解放戦争」と位置付け
していますが、、リンカーンの大統領就任演説は、「奴隷
財産を擁護する論理展開をするという演説」でした。
 何と愚かな演説でしょう。
 奴隷制について、反対するか賛成するかわからない州が
存在したからと言い訳する人たちもいますが、リンカーン
のその後の行動からみても「彼は奴隷解放の大統領」とは
言えません。
 南北戦争の戦況は、
 リンカーンの奴隷解放への意思がなく、不決断もあって、
また、軍の首脳部の腐敗もあって北部軍は敗北が続きまし
た。
 北部のシンボルである首都=ワシントンが、陥落する危
機に、さらされる緊急事態にもなりました。
 この状況を救ったのが、黒人の黒人奴隷解放戦士『フレ
デリック・ダグラス』でした。
 奴隷解放に不決断だったリンカーンは、黒人の軍への参
加をも容認していませんでした。
 フレデリックは、
 「黒人奴隷も、自由黒人も、黒人を軍務につかせよ」・
・と、訴えました。
 「奴隷に対する自由が、今こそ国会議事堂から全戦場の
砲焔の空高く宣言されなければならない」・・と、叫びま
した。
 「黒人を軍務につかせよ、そして黒人解放軍を組織せよ。
かれらは南部に進軍し、奴隷たちの間に解放の旗を揚げる
であろう」・・と、世論に訴えました。
 愚かにも、
 首都ワシントンが陥落の事態になっても、
 リンカーンは、
 「黒人奴隷は漸進的に解放したい、
 一気に解放という事はしたくない」の意思でした。
 また、リンカーンは、
 卑劣な事に「解放された黒人はアフリカかどこかに植民
させたい」と考えていました。
 黒人の方たちを捨てるということです。
 「棄民」の考えです。
 当然、黒人の方たちからは、強い反対の声が沸き起こり
ました。
.
(追伸)
 本シリーズを書き始めるにあたって・・・、
 今のアメリカの原点は、独立戦争で勝ち得た国の形と共
に、
 そして、第二の大切な原点が、
 「現在のアメリカ政府をたどって行くと、『南北戦争時
の北軍政府』へと行き着く」。
 それ故に、アメリカは、
 当時の北軍の最高の位置にいた『リンカーン大統領』を
誇りとし、
 この時の理念を「美しくしていたい」という気持ちが強
い。
 それ故に、そのリンカーンに関して、
プロパガンダ(嘘宣伝)する点が少なからず見られ、存在
する。
 そのプロパガンダ(嘘宣伝)されたために見えない「隠
された真実」は、
 世界の善良の方達のために、
 明らかにされねばならない。
 明かされなければならない。
 それは、回り回ってアメリカ合衆国のためにもなり、
 また、これからの人類の行く末にも貢献すると確信する。
.
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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酋長の想い

 投稿者:アイドルをめざせ  投稿日:2013年 8月19日(月)02時30分35秒
返信・引用
   題: 酋長の想い
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)

.
スー族酋長のことば
  (アメリカ開拓民と遭遇した
           先住民スー・オグララ族の言葉)


広々と 開かれた、
 どこまでも 広大な 平原や、
 ゆるやかに 起伏を描いていく なだらかな丘や、
 曲がりくねって 流れていく 小川は、
 わしらの目から見れば、
 少しも 野蛮では なかった。

 ただ 白人だけが、
 自然を 野蛮だと 思っていた。
 ただ 白人にとってだけ、
 大地は 「荒れ果て」、
 動物たちは 「獰猛で」、
 そこに住む ちっぽけな人間どもは 「野蛮」だったのだ。

 わしらには、
 大地は 優しく、
 寛大だった。
 わしらにはそこに、
 「大いなる神秘」の 恩恵に 満たされながら、
 生きている。

 そういう大地が 「野蛮」になってしまったのは、
 東部から 毛深い人間どもが やって来て、
 気違いじみた 乱暴さで、
 わしらや わしらの愛する 家族に、
 不正を 重ねてからのことだ。
 そのとき 以来、
 彼らが近づくと、
 森の動物たちも、
 こそこそと 尻尾を巻いて、
 逃げだした。
 わしらの土地が、
 「野蛮な西部」などと 呼ばれるようになったのは、
 その頃からの ことなのだ。
     ・・ 「インディアンの言葉」 紀伊国屋書店

☆ キリスト教の理想的世界を実現しようと
 新大陸に渡ってきたピューリタン
 勤勉を美徳とする ピューリタン精神
 初期の移住者は
 当初
 アメリカ土着のインディアンと
 和平条約を結び
 生活の仕方を教えてもらい
 学ぶが
 その恩も なんのその
 その後
 西部開拓における
 インディアンの殺戮行為を
 行うこととなる。

☆追記
  ( メイフラワー誓約 :アメリカ最初の憲法 )
 最初にアメリカにやってきた人々
 キリスト教信仰の自由を求めてやって来た人々
 ピューリタンによってつくられた
 最初の憲法は
 アメリカ原住民を欠いた
 また
 アメリカ原住民の意志の
 全く入っていないもの
 条文主旨は
 キリスト教信仰のため
 植民地を 建設したい とする
 キリスト教の神が介在する 契約としている
 条文内容は
 アメリカ原住民に配慮した記述は
 全くない
 憲法作成者たちだけで
 都合のよい国を
 つくりたいと 誓っている
 そして
 その公平性と 平等性を 誓っている。
 アメリカ原住民が欠けた
 この契約は
 共同して
 結果
 土地を収奪し
 自分たちだけで
 都合のよい植民地を
 得たい・得よう との感じに
 なっている
 この契約に 参加している人たちは、
 多数決主義を とっているが
 乗船者数100名以上のうち
 本契約参加者数は 41名と多数を
 形成していない
 また
 契約した人たちの国は
 イングランド(英国)だけでなく、
 フランス
 アイルランド
 スコットランドと なっているため、
 特に 契約が必要と感じたのだと思われる
 (同船したけれど・・)
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

幸せを感じた 話

 投稿者:アイドルをめざせ  投稿日:2013年 8月18日(日)02時17分24秒
返信・引用
   題: 幸せを感じた 話
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)

幸せを感じた 話 :

   町をゆっくり
        考えながら
                歩いていると、
     どこからともなく
                 可愛い幼い子の声。

     「あーぅあーぅあーぅ」。
                     リズムもある。
     ゆっくりした、
          可愛いその声は
                  近くに聞こえている。
                     そして、
                   近づいて来ている。

    幸せな図は その後に見られた。

    すれ違った男の人の
                背に
                  可愛い声の主は居た。

    小さい幼子は
          お父さんの背に
                  すっかり隠れていた。

    お父さんの背で
           背負い帯の中で
               大の字になり、
                     顔を上に向け、
    お父さんの
         ゆったりした歩みの
                     リズムと、
             背負い帯の
                  クッションが
      幼子に
          心地よいリズムと
                     揺れを与え、
      父の背に居る
               安心感と共に、
         この可愛い
              心地よい声は
                    発せられていた。

    そして、
       その声は
           父へ語り掛ける様にも聞こえ、
                父と子の会話・
                     心の通い合い
                         と共に
           声は
                遠ざかって行った。

       幼子の
          心からの満ち足りた声の
                     余韻が残った。

     行き着いた
           先で、
             その事を話すと、
                   ひと頻り
                   話が持ち上がり、

         みんなで幸せな
                   気持ちになった。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

古代からの長い期間ある意識を、払拭しなければならない。

 投稿者:アイドルをめざせ  投稿日:2013年 8月16日(金)13時47分5秒
返信・引用
   題:古代からの長い期間ある意識を、払拭しなければならない
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 戦国時代に覇(は)を競っていた各大名は、富国強兵の
ため、また、生き残りのため、南蛮船が持って来る「鉄砲
や弾薬の原料」などの軍需物資が、喉(のど)から手が出
るほど欲しかった。
 ここは、「キリスト教の布教に貢献した」と、キリスト
教系学者も認めるところ。
 『死の商人』をしていたキリスト教宣教師たち。
 キリスト教になったというキリシタン大名は、キリスト
教の宗教を知って、そのキリスト教を理解して、キリスト
教になったのではない。
 武器弾薬が欲しかった。
.
 そのキリシタン大名の子供の代になり、
 キリスト教宣教師も居なくなると、
 キリスト教と、まったく、関係のない状況になった。
 そして逆に、
 キリシタン大名の子に、「キリスト教のことを悪く言う」
という文献が残されている。
 子供として、父親の姿を見ていて、その状況が、この様
な態度をとらせたと考えられる。
 キリスト教との関係は、本当に嫌になる状態だったのだ
ろう。
 何しろ、キリスト教は、基本的に、日本人を馬鹿にする
という心が根底にある。
 有色人種の蔑視である。
 これが古代から抜けていない。
 キリスト教の教えの根底に、日本人に限らず、アフリカ
の黒人の方々を侮辱したキリスト教聖職者の言葉が残って
いるが、
 また、南米などで蛮行した出先が、
 本国へ問い合わせているその返答が、
 現地人の方たちを『人間ではない』と答えている。
 日本においても「日本人を馬鹿にしている記録が残って
いる」。
 キリスト教は、この根底にある、長い期間、古代から払
拭することが出来なかった「人種的偏見の意識を、払拭(
ふっしょく)しなければならない。
.
 (参考)は【覇】 1 武力や権力によって国を統一し、
治めること。「天下に―を唱える」 2 競技などで優勝す
ること。
 (参考)は【覇】 [常用漢字] [音]ハ(呉)(漢)
1 武力で天下を取る者。「覇王・覇者/五覇」 2 力によ
って支配すること。また、競技で優勝すること。「覇権・
覇道/制覇・争覇・連覇」 [名のり]はる [難読]...
 (参考)し‐の‐しょうにん【死の商人】 営利本位に兵器
を製造・販売する業者や資本。中世ヨーロッパで、敵味方
を問わず武器を売り込んだ商人をいった語。
 (参考)ふっ‐しょく【払拭】 [名](スル)はらいぬぐ
い去ること。すっかり取り除くこと。一掃。ふっしき。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

自分の都合を優先することを許す宗教

 投稿者:アイドルをめざせ  投稿日:2013年 8月16日(金)03時28分14秒
返信・引用
  題:自分の都合を優先することを許す宗教
 ...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教が守るべき律法。その中で、食べて良い動物
は、「蹄(ひづめ)が割れていて、反芻(はんすう)する
動物」のみ。
 故に、蹄が割れていない馬は、食べてはならない。
 また、豚は、蹄が割れているが、反芻しないので食べて
はならない。
 故に、魔女事件で、魔女にされた女性を陰湿に虐(いじ)
めるキリスト教聖職者は言う・・、
 「ブタを食べただろう」・・と。
 可哀想なその魔女にされた女性は、「食べてません」「
食べてません、豚は食べると気持ち悪くなるから、食べら
れないのです」と一生懸命に言うが、イジメ抜かれた女性
は、命を落としめられる。
 この様に、キリスト教には食べてはならない食物がある。
 この事例の様に、動物の豚もその様な食べてはならない
動物。
 また、海や川にいるものの中では、食べて良いものは、
ヒレと鱗(うろこ)のあるものだけ。
 イカやタコや海老もそうだ。食べてはいけないのだ。
 また、貝やウナギも、当然、食べてはいけない食物とな
っている。
 また、食べて良いことになっている牛肉は、しっかり血
抜きをしなければならない。
 (肉汁たっぷりのステーキは駄目)。
 キリスト教の一派:「エホバの証人の」は、輸血も駄目
としている。
 幼い子が、この医学の発達した現代、立派な病院で「輸
血」を拒否され、尊い幼い子の命を落とし、救えなかった。
 また、「肉を乳で煮てはならない」という戒もある。
 別々に煮ても、同時に食べてはいけない。
 皿に盛る時も、同じ皿に盛ってはならない。
 キッチンの流しも別にするとよい。
 (こんな時代錯誤な教え、信徒はほとんどが馬鹿にして
守らないと、適当にやっている。『自分の御都合』を優先
しているのだ。元々、キリスト教は低劣な教義に満ちてい
る。勝手に皆で破って平然としている宗教なのだ。一面で
は「神だ」「神だ」と言い、別の面では『自分の御都合を
優先する』。それを組織的にキリスト教は目をづぶってや
っている。組織自体が御都合主義にどっぷり漬(つか)っ
た宗教なのだ。くだらないの一言。こんな宗教を信じて、
皆様が幸せになれるはずがない)。
 着るものも、「男は女の着るものを着てはならない」と
なっている。そしてまた、反対に「女は男の着るものを着
てはならない」となっている。だから、女が「ネクタイ」
をする事が出来ない。
 また、2階にバルコニーを設ける時には、「手摺をちゃ
んと設けるようにしなさい」というのもある。これは当た
り前。言われなくても。落ちてしまうではないか。
 マニュアル宗教のレベルなのである。
 そして、『ユダヤ教徒の意識で死んだイエス』を供犠(
くぎ)として利用したパウロのキリスト教の宗教企画(現
在のキリスト教)をキリスト教の宗教教義とした。
 そして、今では、多くのキリスト教聖職者でさえ信じて
いない「復活」を、「イエスの復活はあった」とパウロは
宗教企画に決めた。
 しかし、パウロは、肝心な「イエスの行動や言葉」はい
りませんと、必要ありませんと、捨ててしまった。そのこ
とを文にしてまでして残した。パウロの都合、お好み。
 そして、キリスト教は、ユダヤ教正典を「旧なる神との
契約の書」の地位に貶(おとし)めた。
 「神の子」を勝手に作ったキリスト教は、良かれと思っ
てやったのだろうが、神を『神の地位』からも貶(おとし)
めた。
 神に、「時間に捉われる」という行為をさせている。こ
の様な「大失態」をもしている。
 また、名も呼んではならないという神概念を崩す行為を
している。
 神を、「ある空間」の中に置くという行為もキリスト教
はしている。
 これでは、まったく、「人間と同じではないか」。
 この事例の様に、キリスト教は、神に良かれとやったが、
「神への大冒瀆(ぼうとく)」をしている。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

嘘を言っていたら、深まりません・・。

 投稿者:アイドルをめざせ  投稿日:2013年 8月14日(水)15時16分0秒
返信・引用
   題:嘘を言っていたら、深まりません・・。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教は、『1神教の壁』があって・・、
 キリスト教より早くに成立した仏教の影響は受けていま
せん・・と言う。
 これは、キリスト教の良くやる嘘です。
 キリスト教は、色々な面で、仏教の影響を受けています。
 例えば1例ですが、地獄の概念です。
 キリスト教の「地獄」の概念は、まったく、仏教の影響
を受けています。
 「裁かれて天獄にはいる。そしてまたは、はいれない人
もいる」という、キリスト教の宗教概念は、完全に仏教か
らの影響です。
 (「マルコによる福音書」9・48)に、「地獄では蛆(
うじ)尽(つ)きることも、火が消えることもない。人は
皆、火で塩味を付けられる」とある。
 また、(「マタイによる福音書」25・41)に、「呪わ
れた者ども、わたしから離れ去り、悪魔とその手下のため
に用意してある永遠の火に入れ」。
 イエスが居たナザレは、交通の要衝(ようしょう)、異
邦人が多く居た。
 また、インドの佛教宣教師も、「一神教の壁」と称する
ものなど何の関係もなく、越え、パレスチナの地へ宣教に
来ています。
 イエスの思考形態に、仏教的な面が見られるのは、イエ
スの生まれ育った地に多く居た異邦人が、インドから持ち
帰った仏教的考え方に影響を受けていた。
 また、イスラム教には、「ラザー」という「火炎地獄」
があり、「キリスト教徒が入(い)れられる地獄」だとさ
れている。
 その「キリスト教徒が入れられる地獄」は、イスラム教
の教義で決められています。
 キリスト教の地獄の教義・宗教概念は、「永遠に責め苦
を受ける」となっています。
 しかし、このキリスト教の教義は、まったく慈悲心がな
い状態です。
 「攻め・イジメ一本やり」です。これが、キリスト教の
考え方であり、教義なのです。
 この点、仏教の地獄は、「一定の期間、罪を償(つぐな)
うところ・場所」とされています。
 そこには、「救いの道」があります・・その様な、教え
を説いています。
 キリスト教は「無限の責め苦」という宗教概念で、救い
はまったく無い、ありません。
 キリスト教の「愛の宗教」は、この様な宗教概念・シス
テムで、救いの道が無い考え方・教義で・・愛?・・と、
疑問が・・。
 これで、どこで愛を説いて居るのですか?・・と、言い
たいのです。
 キリスト教の「愛の宗教」は、嘘宣伝・プロパガンダな
のです。実態面で、愛となっていないのです。
.
 この無慈悲さに気付くいたキリスト教は、
 大分、年月が経過した後、
 仏教的な地獄の概念を、キリスト教会は作った。
 気付きましたか、良かったですね、おめでとう・・です。
 しかし、プロテスタントは、今でも、頑(かたく)なに
拒(こば)んでいます。『責め・イジメ一本』です。
 この様な、慈悲ある地獄の概念はありません。
 「最終的に、人類を救うという宗教概念」でなければい
けません。
 煉獄の宗教概念を取り入れたキリスト教と、
 拒んでいるキリスト教という状態です。
 ちなみに、プロテスタントは、「告解」も否定していま
す。
 いずれにしても後追い宗教=キリスト教です。
 人類救済は表面だけの言葉です。実態は実際は、救うこ
とはできない教義になっています。
 嘘ばっかり言っている宗教では真実は深まりません。
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

イエスに会ったことがない人・・そして、そのもがきが・・

 投稿者:アイドル  投稿日:2013年 8月12日(月)03時18分46秒
返信・引用
   題:イエスに会ったことがない人・・そして、そのもがきが・・
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 (「マルコによる福音書」6・7~13)に、
 イエスがする「病気癒し」が、奇蹟的業(きせきてき、わざ)
と言われているが、イエスだけが独占する業(わざ)ではなく、
皆がする業(わざ)の様に書かれている。
 そして、「悔い改め」の宣教をしたとあるが、
 「宣教」の内容が、言葉で相変わらずはっきりと示されては
いない。
 内容のない、内容不明の話・聖書記述となっている。
 聖書は何時もこのような話の展開。
 肝心要(かんじんかなめ)の役に立つ話が抜け落ちている。
 また、マタイによる福音書のこの部分の並行記事部分の、
 (「マタイによる福音書」10・5~15)には、「天の国が近
づいた」とだけは言ったようだ・・が、これはもう、遠の昔
「洗礼者ヨハネ」が言ったこと。
 洗礼者ヨハネの言葉の「受け売り」だけになっている。
 また、「死者を生き返らせる」のも弟子が出来たりして、イ
エスだけが出来るということではない様な事。
 宣教内容はないし、また、他人の受け売りだし、「病気癒し」
や「死者の生き返らせ」は弟子たちの皆が出来てしまうという
「どこでも、だれでも」という嘘っぽい話となっている。
 そして、おかしいところは、その理由として「働くものが食
べ物を受けるのは当然である」と言い、宣教意識がまったく欠
落している。
 「食べ物を貰(もら)いたいからやっている」という感じで
ある。
 そして、「町や村に入ったら、そこでふさわしい人は誰かを
調べよ」と言い、「受け入れない者たち」へ報復をするように
と説く。
 それも、「裁(さば)きの日のソドムとかゴモラの故事」を
持ち出して、おどろおどろしく、ねっちりと陰湿に語(かた)
る。精神衛生に良くない。
 さらに、(「ルカによる福音書」9・1~6、10・1~12)の
並行記事になると、12人派遣が、72人に増え、どちらの人数が
正しいのかが不明。
 または、12人と72人の二重の伝承という問題となっているの
か、色々と不定に考えられるあてにならない状況。
 この適当状態は、伝承の確度が疑われるからである。
 伝承は、「告げられた通りに受け取らなければならない」。
 そうでなければ、「伝承の意義が崩れる」。
 「伝承が崩れ」「伝承にならない」のである。
 「違う」とか「間違い」とかで済ませられる問題ではない。
 伝承されてない、変わったとかも含め、宗教の伝承として
根本的問題である。
 キリスト教は、この1例の様な問題が、あちこちにあり、宗
教的に確定されない、成立しない問題が多く孕(はら)んでい
る。
 この様な文を毎日読んで糧となるか?という事である。
 (「ガラテア」1・6~9)に、
 「違った福音」は「呪(のろ)われる」と記されている。
 そういう意味で、今、パウロが宗教企画した「パウロ・キリ
スト教」であるが、
 このパウロが、あってはならない嘘を言っている。
 「福音の伝承」において、あってはならない嘘なのである。
 パウロは、「イエスに会った事がない人なのである」。
 しかし、(「使徒言行録」9・1~9、22・6~11)で、
 パウロは、「サウロ」と名のっていた頃、
 ダマスコへ行く時、
 イエスに直接会ったことがあると嘘をついている。
 キリスト教会は、この問題をもみ消し、かつ、権威を得たい
と、恥の上塗り的な嘘をつく。
 イエスが、ペトロに「あなたが地上でつなぐことは、天上で
もつながれる。あなたが地上で解くことは、天でも解かれる」
(「マタイによる福音書」16・19)と言い、
 さらに、ペトロは「神の代理人」だとした。
 そしてまた、「キリストの代理人」だと嘘の極地をつく。
 そして、これが、「継承されていく」。(デッチアゲの継承)
 しかし、嘘をついたのが、後(うし)ろめたいのか、
 気になった頃に、教皇は神であり嘘・偽(いつわ)りが一切
ないという「教皇無謬説」という人を馬鹿にした説・教理を制
定する。
 神は嘘をつかない。その神になってしまった。
 キリスト教の悪いところは、この様な、筋の通らない、不合
理な教えさえも、さも正しい様に教徒・民をゴマカシ、思わせ
るところである。
 その不合理な嘘行為を正しいことの様に錯覚させるところに
ある。
 過去が事実なら、「歴史的事実の継承」として堂々としてい
られるし、生き生きとした信仰としていられるわけだ。
 しかし、後ろめたいキリスト教は、嘘を糊塗(こと、嘘の上
にまた嘘を塗る)する歴史を刻む。
 そして、さらに、キリスト教は、「聖霊が来臨」の話を持ち
出し・追加し、過去の嘘のしがらみから逃れようと、
 似たような『もがき』を繰り返す。
 聖霊は便利な『グッズ(道具)』。あちこちで多用された。
 聖霊自体が得体のしれないものなので、あちこちで便利に使
うことが出来た。
 (「ヨハネによる福音書」3・8)も、図(はか)らずも言う、
 聖霊は「思いのまま吹く」と。
 あてにならないものなのだ。確かさはない。
 救いを得るという、肝心な信仰の中心が不確かに揺れるキリ
スト教なのである。
 そして、カール・バルトは、キリスト教のカトリックも、プ
ロテスタントも異端で駄目だと言う。
 カール・バルトの言葉:
 「プロテスタントはちゃちな異端であり、カトリックは壮大
な異端である」・・と。
 どっちみち、どちらも異端で駄目なのだと言っている。
 そして、C・G・ユングは報告する。
  多くの患者を診察して、
 「一番に神経症になっているのが『ユダヤ人』で、次が『プ
ロテスタント』で、次が『カトリック教徒』」だと、
 みんな病気と報告している。
 そして、キリスト教は、信仰の不確かさをカバーしようと
「告解」などの、さも威厳のありそうなサクラメント(秘跡)
を作り、その信仰の不確かさを紛(まぎ)らわしている。
 内実はない。儀式だけ。
 プロテスタントは、それらの儀式が馬鹿馬鹿しいのか?すべ
てを、取っ払って、一切無しにしている・・が、病人が多い。
               (詳しくは、以下のブログへ)
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木銃で下から敵を撃滅せよ・・弾もでない木の銃で子供に何をさせようとしたのだろうか・・

 投稿者:アイドル  投稿日:2013年 8月11日(日)02時19分23秒
返信・引用
  題 : ☆《木銃で下から敵を撃滅せよ・・弾もでない木の銃
    で子供に何をさせようとしたのだろうか・・・》:

 私の履歴書3:
        商船三井最高顧問・生田正治氏(抜き書き)
・・1944年7月にはサイパン島守備隊が玉砕し、本土への空襲
 激化は時間の問題となったため、主要13都市で学童疎開が開
始された。
 毎朝10時以降に警戒・空襲警報が出れば、昼の給食用の芋や
代用食のドングリでこしらえたコッペパンなどを受け取り、地
域ごとに走って帰宅することになった。
 10時以前だともらえないので、毎日10時になってすぐに警報
が鳴らないかと、不届きなことを願う日々だった。
 家に帰っても遊び道具はボール一つなく、もっぱら道路で仲
間と軍艦ゴッコなどの戦争遊びや、高射砲弾の破片集めに興じ
た。

 父に2度目の召集令状が来たのは1944年の夏頃だったろう。
 近くの東横線都立高校駅まで見送り、せみ時雨の中で敬礼を
して乗車していく父の後ろ姿に手を振ったのが別れになった。

 1945年2月になると縁故疎開先もなく、まだ東京にいる全学
童に強制集団疎開命令が出た。

 5年生以上約100人は数人の先生に引率されて4月早々、山梨
県・小渕沢に向かった。
 当時の小渕沢は文字通りの寒村だった。
 私たち男子約50人は駅前の「寿旅館」に、女子は近くのお寺
にお世話になることになった。
 朝早く起きて近くのお宮の庭掃除と、荒削りの木銃での厳し
い軍事教練。
 何でも米軍は九十九里浜上陸に合わせて甲府盆地に落下傘部
隊を降下させるので、その時はこの木銃で下から敵を撃滅せよ
との命令だった。

 弾も出ない木の銃で子供に何をさせようとしたのだろうか。
 毎日午前中は自習だった。
 本を読んだり手紙を書いたりしてなんとなく過ごし、午後は
勤労奉仕で山に枝払いや薪取りに行かされた。
 いつも腹をすかせていた。

 主食は大豆が8割で、残りの2割が米、麦と雑穀。
 炊くと大豆は膨らむので、見た目には大豆だけのようだっ
た。
 下痢をする者が多かったが、申告しても薬はない。
 決まって絶食療法を言い渡されるのがわかっているから、食
べ盛りの私たちは誰もがギリギリまで我慢した。
                   (日経2011・1・4)
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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