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子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。(その3)

 投稿者:みんなで幸せな気持ちになった  投稿日:2013年 9月 7日(土)01時42分59秒
返信・引用
  題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
                 (その3)

 南北戦争後のアメリカ南部には、
 黒人を虐げ、殺す暴力集団=KKK(クー・クラックス
・クラン)という組織ができ、
 またそれ以外にも、
 「黒十字騎士団」や「白バラ騎士団」や「白ツバキ騎士
団」など軽蔑すべき集団ができました。
 この様な、黒人の方たちを暴力的に虐げる秘密結社が林
立しました。
 黒人の方達へのテロが横行する暗黒のアメリカに化して
行きました。
 黒人の方たちは、白人優越=黒人蔑視の人種差別に耐え
抜くしかありませんでした。
 しかし、
 黒人の方たちは耐え忍んだとしても、
 黒人と白人の関係改善の社会の動きは、
 それらの動きに対して、耐え抜く事が出来ませんでした。
.
 奴隷解放の動きにあった共和党でさえ、
 何と、分裂し、
 民主党と手を結び事態を悪化させました。
 黒人の方たちの期待は、完全に裏切られました。
.
 解放民局は活動を停止しました。
.
 そしてまた、
 反動的な「大赦法」という法律がが成立しました。
 その法律によって、
 黒人奴隷を虐げた旧南部の支配階級の政治的諸権利が全
面的に復活しました。
 旧組織人たちの追放は、完全に解除されました。
 このことにより、
 以前の虐げ状態に戻りました。
 南北戦争の黒人奴隷の方たちの働きは無に帰してしまい
ました。
 事態は、完全に悪化し、決定的となりました。
 民主党が、選挙で議会の議席の多数を制しました。
 これは、奴隷解放の民主的再建の終焉を意味しました。
 そして、
 続いた大統領選で面倒なことが起こりました。
 この解決のため共和党は、
 南部に駐屯していた連邦軍を撤退することで事態の解決
をはかりました。
 南部は、民主党の支配下にゆだね、黒人の方たちの期待
は完全に裏切られました。
.
 南部の再建運動は、完全に挫折となりました。
.
 南北戦争は、そして、その戦争で亡くなった方々は何だ
ったのか?
 また、
 黒人の方たちの頼りだった北部も、
 独占資本家による厳しい状況から、労働者のストライキ
が続出し、軍が出動しなければならない状況でした。
 黒人の方たちは、
 北部の独占資本家と南部のプランテーション経営者との
連合支配下に置かれるという「より厳しい状況」に置かれ
ました。
 (北部の独占資本家にとって、南部は有望な国内市場と
映りました)
.
 黒人の方たちは、強靭さがより増した圧迫状況に、また、
置かれてしまいました。
.
(参考-1):wikipediaより
 リンカーンは、
 奴隷解放宣言によって黒人(混血のものも含む)の奴隷
を解放したことで賞賛される。
 しかしながら、
 リンカーンは、本来、奴隷解放論者ではなく、
 実際には連邦軍によって制圧された南部連合支配地域の
奴隷が解放されただけであって、奴隷制が認められていた
北部領域では奴隷の解放は行われなかった。
 宣言は、南部州における奴隷の反乱・逃亡・ボイコット
の効果を狙い、実施されたものであった。

(参考-2)
 アメリカは、1789年に合衆国憲法制定(「3/5条項」や
奴隷貿易存続などを承認したことにより、憲法が黒人奴隷
制度を容認した)。
 1793年、逃亡した奴隷は殺しても良いという条項もあ
る逃亡奴隷取締法が成立。
 そして、アメリカの事実上の奴隷解放は、1865年の憲
法修正第13条(奴隷制度廃止)の成立時である。
 そして、1868年の憲法修正第14条(黒人の公民権付与)
の成立時である。
 そして、1870年の憲法修正第15条(黒人の選挙権付与)
の成立時である。
 デンマークは、すでに、1802年に、自国領内での奴隷
貿易を禁止し、イギリスは、1808年に、奴隷貿易を禁止し、
フランスは1819年に、奴隷貿易を禁止している。
 1850年には、アメリカは、いっそう強力な逃亡奴隷取
締法を制定している。
 1860年にリンカーンが大統領に当選し、1865年に、リ
ンカーンが暗殺されおり、この年に、悪名高い黒人殺戮集
団KKKが結成されている。尚、1924年頃には第2次KK
Kの活動が盛んになっている(会員数は約500万人)。
.
(参考3)1860年に出されたリンカーンの予備宣言は、
南部諸州が治安回復に努めるならば、奴隷解放の必要はな
いと明記されている)

(参考4)北部軍が戦いで占領した地の南部軍の奴隷をど
うするかについて議論がなされた。
 北部軍の将軍の名に、その奴隷を解放するよう指令をし
た者も居たが、リンカーンはそれを取り下げた。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 
 

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。(その2)

 投稿者:真実を求めて  投稿日:2013年 8月24日(土)00時09分19秒
返信・引用
   題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
                   (その2)
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 リンカーンも仕方なく、国会の動きもあって、
 奴隷解放予備宣言を公付する事に踏み切りました。
 (注:1860年に出された予備宣言は、南部諸州が治安
回復に努めるならば、奴隷解放の必要はないと明記されて
いる)
 しかし、
 この時点に於いても、
 リンカーンは、奴隷の即時、無条件、全面解放をためら
っていました。
 宣言に、布告に縛(しば)られない例外地域を作ったり、
反乱してない地域は含まれないなどと例外規定を作ったり
していました。
 この後、2年も続く血みどろの戦いを経て、
 黒人の方たちの目覚ましい戦いぶりも加わって、
 1865年に憲法修正第13条が制定されるまで、
 リンカーンの不決断の影響は続きました。
 この憲法に及んで、やっと、
 このアメリカ黒人奴隷の方たちは自由を勝ち取りました。
 しかし、悲しいかな、
 これもつかの間の事でした。
 黒人の方たちのこの戦争における果たした役割は目覚ま
しい働きでした。
 それは、
 北部の軍事的勝利を最終的なものに導いた原動力の中で
も、
 際立って大きく重要なものでした。
 それは、
 黒人の方たちが、決してこの戦争を「白人の戦争」と考
えていなかったことに由来しています。
 その働きに至る一つの査証・1事例が、
 ニューヨークの黒人たちが、
 北部軍に参加して、戦うために、自分たちで軍事組織を
つくり、軍事訓練に励みました。
 そしてそれらは、
 リンカーンの黒人の軍隊参加の不決断に対する行動でし
た。
 ボストンでは、
 黒人集会の宣言:
 「私たちは、すでに用意が出来ています。私たちは、私
たちの生命と財産と名誉をかけて、自由のために、良き市
民として、
私たちの政府を守る覚悟が出来ています。
 私たちは、みなさん に、このことを訴えたいのです」・
・・と、宣言しました。
 しかし、
 リンカーンは、黒人の軍隊編入をためらい続けました。
 リンカーンのためらいに、しびれを切らした、多くの黒
人奴隷の方たちが、
 北部軍の将軍の元に馳せ参じる事態が起きました。
 そして、
 その多くの黒人の方たちは、
 戦争のあらゆる軍務に挺身しました。
 (てい‐しん【挺身】 [名](スル)率先して身を投げ出
し、困難な物事にあたること)。
 この時点になって、
 やっと、
 リンカーンは、
 黒人の軍隊編入を承認しました(これを「事後承認」と
言います。「後追い承認」とも)。
 しかし、黒人兵は、
 白人兵の給料の半分などと、さまざまな差別を受けまし
た。
 それでも南部軍に捕えられると殺される黒人兵士は、
 白人兵士にみられないほどの果敢な働きをしました。
 可哀想な事に、
 黒人兵士の死亡率は、
 白人兵士の死亡率より35%も高かったのです。
 厳しい戦況の中におかれたのかもしれません。
 1865年、4年に渡った南北戦争も終結しました。
 ここには、
 初めに黒人を「目覚めさせ」、「希望を与え」、そして、
「まとめ」、「指導した」、黒人の黒人解放戦士『フレデ
リック・ダグラス』が、これらの根幹に存在しました。
.
 子供たちの「リンカーンの伝記は間違い」なのです。
.
 リンカーンが、黒人を解放していないことがお分かり戴
けたと思います。
.
 子供たちの伝記は、書き直しの必要があります。
.
 リンカーンは、1865年、ブースという凶漢の手によっ
て殺され、生涯を閉じました。
 しかしここで、
 卑劣な事ですが、
 この南北戦争の後、
 黒人の方たちの戦いの血によって勝ち得た「黒人奴隷の
解放」という輝かしい成果が無に帰して行きました。
 敗北した南部の諸州は、
 次々に自前の『仮の政府』を組織するという事態が発生
しました。
 こともあろうに、
 旧奴隷所有者は、政権へ復帰して行きました。
 そしてまた、
 こともあろうに、
 奴隷制の復活の企てをしました。
 それを示す1事例、
 サウスカロライナ州の憲法制定会議での演説は最悪です。
 「これは白人の政府であり、白人だけの目的としたもの
である。最高裁判所は、黒人はアメリカ市民ではないとの
決定を下している」・・・と、公然と述べています。
 また、
 フロリダ州では
 「解放令によって、黒人奴隷は、自由の身になったと宣
言されても、黒ン坊はどっちみち奴隷みたいなものだ」と
の軽蔑すべき声がある様な有様でした。
 この様な中で、
 悪名高い「黒人法」がつくられました。
 この法によって、
 黒人の方たちに、多くの制限が加えられ、
 黒人を土地に緊縛(きんばく)し、
 強制労働や不払い労働に服させる結果となりました。
 そして、
 黒人の方たちを経済的に締め付けました。
 (アメリカでは、現代でも黒人の方たちへの人種差別や
偏見の改善闘争が続いています)。
 この様な様相の底流には、キリスト教によって強く洗脳
された「黒人の方達への偏見」があります。
.
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。(その1)

 投稿者:真実を求めて  投稿日:2013年 8月22日(木)12時40分39秒
返信・引用
  題:子供たちの「リンカーンの伝記」は間違っています。
                   (その1)
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 リンカーンは、「黒人奴隷を解放した」と言われていま
すが、間違いです。
 彼には、黒人奴隷を解放したいという希望や意志は全く
ありませんでした。
 リンカーンの黒人奴隷解放の意思は、「事の成り行きか
ら持った」という状態でした。
 その様に仕向けたのは、
 黒人の黒人奴隷解放戦士『フレデリック・ダグラス』で
した。
 また、その組織の働きかけがあったから、その方向に流
れただけです。
 これが真実なのです。
 子供たちの伝記には、『間違いが書かれております』。
 正しい内容に書き換えられなければならないのです。
 キリスト教には、「黒人は人ではない」とみる歴史があ
ります。
 この様な見方に影響された人々がしたことは、
 黒人の奴隷解放に一旦ちょっぴり傾いても、至っても、
直ぐに『自分たちの利』にとらわれて、元に戻ってしまう
という事でした。
 悲しいかな、黒人の方たちは、
 「人間ではない、奴隷という原罪」があると理由づけら
れた考え方をされていました。
 特に、
 アメリカ南部は、現在も「バイブル・ベルト」と言われ
ている様にキリスト教徒が多い地帯。
 ここの地に、黒人奴隷の悲しい歴史が刻まれました。
.
 奴隷制は、疑問なく容認する考え方の地でありました。
 キリスト教聖書に説かれている奴隷制、アメリカ南部の
人達は、当然のごとく、奴隷制を容認し、黒人の方達を奴
隷として虐げました。
 そして、この南部の奴隷制寡頭勢力は、(かとう‐せい
【寡頭制】 少数者が権力を握って行う独裁的な形態)、
 自分たちの利が脅(おびや)かされるに及んで剣を引き
抜き南北戦争を起こしました。
 自分の意に合わない相手を殺す教義「異教徒は殺せ」の
教義のままに「考え方の違うものは滅ぼせ」の教義どおり
の行動となってしまいました。
 その様なアメリカの中でも共和党は、アメリカ全土の奴
隷制反対勢力が応援し、育て、そして、強固にした党でし
た。
 (ちなみに、民主党は、奴隷制を容認する党です)。
 くすぶりの中にあったアメリカは、1861年に南北戦争が
起き、リンカーンはこの年に大統領に就任しました。
 後代の歴史家が「南北戦争は奴隷解放戦争」と位置付け
していますが、、リンカーンの大統領就任演説は、「奴隷
財産を擁護する論理展開をするという演説」でした。
 何と愚かな演説でしょう。
 奴隷制について、反対するか賛成するかわからない州が
存在したからと言い訳する人たちもいますが、リンカーン
のその後の行動からみても「彼は奴隷解放の大統領」とは
言えません。
 南北戦争の戦況は、
 リンカーンの奴隷解放への意思がなく、不決断もあって、
また、軍の首脳部の腐敗もあって北部軍は敗北が続きまし
た。
 北部のシンボルである首都=ワシントンが、陥落する危
機に、さらされる緊急事態にもなりました。
 この状況を救ったのが、黒人の黒人奴隷解放戦士『フレ
デリック・ダグラス』でした。
 奴隷解放に不決断だったリンカーンは、黒人の軍への参
加をも容認していませんでした。
 フレデリックは、
 「黒人奴隷も、自由黒人も、黒人を軍務につかせよ」・
・と、訴えました。
 「奴隷に対する自由が、今こそ国会議事堂から全戦場の
砲焔の空高く宣言されなければならない」・・と、叫びま
した。
 「黒人を軍務につかせよ、そして黒人解放軍を組織せよ。
かれらは南部に進軍し、奴隷たちの間に解放の旗を揚げる
であろう」・・と、世論に訴えました。
 愚かにも、
 首都ワシントンが陥落の事態になっても、
 リンカーンは、
 「黒人奴隷は漸進的に解放したい、
 一気に解放という事はしたくない」の意思でした。
 また、リンカーンは、
 卑劣な事に「解放された黒人はアフリカかどこかに植民
させたい」と考えていました。
 黒人の方たちを捨てるということです。
 「棄民」の考えです。
 当然、黒人の方たちからは、強い反対の声が沸き起こり
ました。
.
(追伸)
 本シリーズを書き始めるにあたって・・・、
 今のアメリカの原点は、独立戦争で勝ち得た国の形と共
に、
 そして、第二の大切な原点が、
 「現在のアメリカ政府をたどって行くと、『南北戦争時
の北軍政府』へと行き着く」。
 それ故に、アメリカは、
 当時の北軍の最高の位置にいた『リンカーン大統領』を
誇りとし、
 この時の理念を「美しくしていたい」という気持ちが強
い。
 それ故に、そのリンカーンに関して、
プロパガンダ(嘘宣伝)する点が少なからず見られ、存在
する。
 そのプロパガンダ(嘘宣伝)されたために見えない「隠
された真実」は、
 世界の善良の方達のために、
 明らかにされねばならない。
 明かされなければならない。
 それは、回り回ってアメリカ合衆国のためにもなり、
 また、これからの人類の行く末にも貢献すると確信する。
.
   (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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酋長の想い

 投稿者:みんなで幸せな気持ちになった  投稿日:2013年 8月19日(月)02時34分20秒
返信・引用
   題: 酋長の想い
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)

.
スー族酋長のことば
  (アメリカ開拓民と遭遇した
           先住民スー・オグララ族の言葉)


広々と 開かれた、
 どこまでも 広大な 平原や、
 ゆるやかに 起伏を描いていく なだらかな丘や、
 曲がりくねって 流れていく 小川は、
 わしらの目から見れば、
 少しも 野蛮では なかった。

 ただ 白人だけが、
 自然を 野蛮だと 思っていた。
 ただ 白人にとってだけ、
 大地は 「荒れ果て」、
 動物たちは 「獰猛で」、
 そこに住む ちっぽけな人間どもは 「野蛮」だったのだ。

 わしらには、
 大地は 優しく、
 寛大だった。
 わしらにはそこに、
 「大いなる神秘」の 恩恵に 満たされながら、
 生きている。

 そういう大地が 「野蛮」になってしまったのは、
 東部から 毛深い人間どもが やって来て、
 気違いじみた 乱暴さで、
 わしらや わしらの愛する 家族に、
 不正を 重ねてからのことだ。
 そのとき 以来、
 彼らが近づくと、
 森の動物たちも、
 こそこそと 尻尾を巻いて、
 逃げだした。
 わしらの土地が、
 「野蛮な西部」などと 呼ばれるようになったのは、
 その頃からの ことなのだ。
     ・・ 「インディアンの言葉」 紀伊国屋書店

☆ キリスト教の理想的世界を実現しようと
 新大陸に渡ってきたピューリタン
 勤勉を美徳とする ピューリタン精神
 初期の移住者は
 当初
 アメリカ土着のインディアンと
 和平条約を結び
 生活の仕方を教えてもらい
 学ぶが
 その恩も なんのその
 その後
 西部開拓における
 インディアンの殺戮行為を
 行うこととなる。

☆追記
  ( メイフラワー誓約 :アメリカ最初の憲法 )
 最初にアメリカにやってきた人々
 キリスト教信仰の自由を求めてやって来た人々
 ピューリタンによってつくられた
 最初の憲法は
 アメリカ原住民を欠いた
 また
 アメリカ原住民の意志の
 全く入っていないもの
 条文主旨は
 キリスト教信仰のため
 植民地を 建設したい とする
 キリスト教の神が介在する 契約としている
 条文内容は
 アメリカ原住民に配慮した記述は
 全くない
 憲法作成者たちだけで
 都合のよい国を
 つくりたいと 誓っている
 そして
 その公平性と 平等性を 誓っている。
 アメリカ原住民が欠けた
 この契約は
 共同して
 結果
 土地を収奪し
 自分たちだけで
 都合のよい植民地を
 得たい・得よう との感じに
 なっている
 この契約に 参加している人たちは、
 多数決主義を とっているが
 乗船者数100名以上のうち
 本契約参加者数は 41名と多数を
 形成していない
 また
 契約した人たちの国は
 イングランド(英国)だけでなく、
 フランス
 アイルランド
 スコットランドと なっているため、
 特に 契約が必要と感じたのだと思われる
 (同船したけれど・・)
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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幸せを感じた 話

 投稿者:みんなで幸せな気持ちになった  投稿日:2013年 8月18日(日)02時22分33秒
返信・引用
   題: 幸せを感じた 話
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)

幸せを感じた 話 :

   町をゆっくり
        考えながら
                歩いていると、
     どこからともなく
                 可愛い幼い子の声。

     「あーぅあーぅあーぅ」。
                     リズムもある。
     ゆっくりした、
          可愛いその声は
                  近くに聞こえている。
                     そして、
                   近づいて来ている。

    幸せな図は その後に見られた。

    すれ違った男の人の
                背に
                  可愛い声の主は居た。

    小さい幼子は
          お父さんの背に
                  すっかり隠れていた。

    お父さんの背で
           背負い帯の中で
               大の字になり、
                     顔を上に向け、
    お父さんの
         ゆったりした歩みの
                     リズムと、
             背負い帯の
                  クッションが
      幼子に
          心地よいリズムと
                     揺れを与え、
      父の背に居る
               安心感と共に、
         この可愛い
              心地よい声は
                    発せられていた。

    そして、
       その声は
           父へ語り掛ける様にも聞こえ、
                父と子の会話・
                     心の通い合い
                         と共に
           声は
                遠ざかって行った。

       幼子の
          心からの満ち足りた声の
                     余韻が残った。

     行き着いた
           先で、
             その事を話すと、
                   ひと頻り
                   話が持ち上がり、

         みんなで幸せな
                   気持ちになった。
.
  (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
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毎晩・・母にぬくめられていた石・・

 投稿者:おかあさまへ  投稿日:2013年 8月12日(月)13時08分59秒
返信・引用
  ☆題 : 《毎晩・・母にぬくめられていた石・・・
               思わず涙した記事・・・》:

 どんな薬より母の「手当て」の効く時期が、わが娘たちにも
あった。
 手当とは文字通り手を当てるだけのこと。
 ただ、はああっと息であたためてから「治る治る」とおまじ
ないをして当てるところがミソであった。
 夜中にせき込んだときには、抱き寄せて胸と背中を挟んで擦
った。
 体温を移すようにゆっくりと。
 静かに呪文を唱えながら。
 娘の小さな体がぽおーっつとあたたまっていく。
 私も少しずつ汗ばんでいく。
 母娘の体温が同じになるころ、娘は再びくったりと寝入って
いる。
 朝まで様子をみて、寝起きが悪いようなら医者へ。
 だが、そのままけろりとしてしまうこともまた多かった。
    (中略)。

 『 神棚に ははの抱寝(だきね)の 小石凍(い)つ
               小原啄葉(たくよう) 』。

 この句は句集「不動」所収。
 「戦地の兄の姿に似た石を川原から拾つてきて、母は毎晩抱
寝してゐた」と添え書きがある。

 毎晩母にぬくめられていた石。
 兄の姿に似ていても石なのだから、一晩中ぬくもらなかった
日もあったろう。
 石を懐に母は何を思っていたか。
 その石が、母亡き今もこの世にあって、氷より冷えているの
だ。

 「不動」は作者の第8句集である。
 あとがきに「戦争体験の作品も若干加えた。・・・、事実は
事実として百年先のためにも遺しておきたいと思った」とある
ように、
 「初夢や自決の弾をひとりづつ」をはじめ、思わず姿勢を正
す句があまた収められている。

 母の祈りは届かず、兄は遺骨となって還った。

 「かぶさりて母が骨抱く稲埃(いなぼこり)」
 遺骨が石よりあたたかかったということはあるまい。

 「兄嫁がまた藁塚へ泣きに行く」
 えにしで結ばれた人が血縁以外にいたのは、幸いであったと
も言えようが。

 「咳止めと母に抱き締められしこと」
 生身の子を抱き締めた母と、抱き締められた子。

 いにしえから繰り返されてきた母と子の至福のときが、この
母にあったことをなによりと思いたい。
                  俳人・高田正子氏
                   (日経2011・1・22)

   (「静かに呪文を唱えながら」
   ・・幼子の体温を感じながら、
     小さくせき込む幼子の動きまでも、
     敏感に思いやりの心で感じながら、
     ただただ母は
     幼子の平癒を祈っていたのだろう。

   ・・静かな夜のしじまの中を
     母の体温以外の
   ・・心からの温かさも
   ・・子に伝わって行った
             のだろう。

    また、その様にして
     成人した子が
   ・・兵となって
     寒い中にいると
     心を痛めた母は
   ・・何も子に
     起こらないようにと
         祈った。
         祈り続けた。

     かつての時の中に「今は亡き母」も居た。
     母の祈りは通じず、
     胸で温めてきた子は
     兵として 逝ってしまった )。
        (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

悲惨な戦争を無くせないのでしょうか

 投稿者:悲惨な戦争を無くせないのでしょうか  投稿日:2013年 7月31日(水)03時00分55秒
返信・引用
  (悲惨な戦争を無くせないでしょうか。切なる希望について。)
 拝 啓
 下記は、番組を提供された企業様とその番組に出演された女優様へ
送信したメールです。
 是非、御一読 賜りたくお願い申し上げます。
 尚、下記において、番組提供の企業(○○と標記)と出演された
女優(☆☆と標記)、及び放送した放送局(□□と標記)は匿名と
させて戴いて居ります。        敬 具
     《 記 》
 ○○株式会社様
 拝 啓
 下記は、貴社提供のテレビ番組(□□チャンネル、地球街道「長
崎街道、憧れの教会」)について、☆☆様へ送信したメールです。
 御多忙とは存じますが、是非、御一読 賜りたく お願い申し上
げます。                     敬 具
          記
 ☆☆ 様
 拝 啓
 御活躍のご様子、何時も拝見させて戴いて居ります。
 本日(10月18日)午後10時30分からの□□チャンネル「地
球街道(長崎街道、憧れの教会)」を拝見させて戴きました。
 この番組は、今回の様に、「キリスト教徒によるキリスト教を美し
く見せる番組」を度々放送しております。
 これに比較して、仏教関係は皆無の状況です(公共放送として公平
性の無い偏した現況です)。
 また、キリスト教は『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅
しても良い』との教義から「人をあやめる行為」を残念ながら行って
来て居ります(この悲惨な事例は、いにしえから長い歴史と共に
数知れずあります)。
 近年では、ブッシュさんがイラクで(多くのアメリカの青年が亡
くなっております。また、本戦争に関係のないイラクの多くの方々も
亡くなられております)。
 そして、次期米国大統領候補の方々は、いずれの方もイラクの悲惨
なこの戦争の中止を意思表明して居ります。
 ブッシュさんの支持母体のキリスト教徒の希望により行われた(
上記の教義の論理から行われた)この戦争は「悲惨な結果」をもたら
しただけでした。
 ブッシュさんのお父さんも、中近東の湾岸戦争で、今回と同様に、
支持母体のキリスト教徒の希望により同じ行為をして居ります。
 キリスト教は、いにしえの古代の十字軍もそうですが、上記の教義
により、可哀想な多くの方々を残念ながら作ってまいりました。
 この教義は間違っておりますという声を、是非、上げて戴きたく
お願い申し上げます。
 また、キリスト教に偏する番組作りをしている本番組へ、公共放送
として公平性のある番組作りになる様、お力をお貸し戴ければとお願
い申し上げます。                   敬 具
 ーーー(以上を送信させて戴きました。以下は御参考として付記
させて戴きました)ーーーーーーーーーー
(参考)テレビに於ける公開討論において、米国大統領候補のいずれ
の方も、直ぐ撤退するか、否かの意見の違いだけで、両候補とも撤退
の意見となっております。
 ☆ 己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。
 ☆ 以和為貴・・・(和をもって貴しとなす)。
 ☆ 一切衆生、悉有佛性 :
  (いっさいしゅじょう、しつうぶっしょう)・・・この世の
あらゆる生きとし生けるものは、ことごとく皆、佛性(佛の性質・
佛と成り得る資質)が備わっています。
 そうした生きとし生けるものでもって宇宙は構成され、すべて
(万物)が繋がり、時は流れています。
 そのつながりの中で育んで行きましょう。
 [参考比較] キリスト教の人間生来の 原罪 : 原罪(げん
ざい)とは、エデンの園において人類の始祖であるアダムとイヴが
最初に犯したとされる罪、およびその罪が人間の本性を損ね、ある
いは変えてしまったため、以来人間は神の救い・助けなしには克服
し得ない罪への傾きを持つことになったという、キリスト教の多くの
教派において共有される思想。
 (ここを原点として、信じなければ救いを拒否し、切り捨てる
というキリスト教がある)
☆ 真実の声 :
 すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。
己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。
              ・・・ 仏典『ダンマパダ』より
        (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/

ーー(関連資料)ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 ◆被爆者が生きている間に、核兵器が廃絶される日を見せてあげ
たい。井田薫(仮称)   2009年8月13日(木)13:00 毎日新聞
 「原爆投下の良かった面を考えよう」
 早稲田大4年、井田薫(仮称)さん(22)は6年前、留学先の
米ミシガン州の高校で、アメリカ史の教師が出した課題に耳を疑っ
た。
 幼少期を長崎市で過ごし、毎年8月9日には静かに祈る人たちの
姿を見てきた。
 「広島と長崎の悲劇は世界に共有されていると思っていたのに」。
 頭の中が真っ白になった。
 他の生徒たちが「戦争を終わらせた」「祖国の防衛になった」など
と答えるのを聞きながら、「違う」と思った。
 だが、その一言が言えない。沈黙するしかなかった。
 帰国して大学に進み、祖父の妹(80)宅に下宿した。
 そこで、亡き祖母が長崎で被爆したことを知った。
 自分が被爆3世だということも。
 ある夜、祖父の妹が涙を流しながら被爆した時のことを語ってく
れた。
 焼けただれて助けを求める人たち、空襲警報のたびに防空壕(ごう)
で震えた記憶……。
 「同じ苦しみを味わわせたくない」。その言葉が胸に響いた。
 2年前、再び米国に留学した。「今度は自分の思いを伝えよう」。
 小さな決意を秘めて向かった留学先の大学で、原爆を扱った映画の
上映会を開いた。
 学生から「原爆の苦しみを教えてくれてありがとう」という言葉が
返ってきた。
 「伝えれば伝わる」と思えた。
 今は、ジャーナリストを志し、中東向けのニュース配信会社「パン
オリエントニュース」(東京都港区)で「修業中」だ。
 いつか、自分の記事で世界に発信したい。
 「良い戦争なんてない」と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(若い方達へ)
 キリスト教は贈り物とか、讃美歌とか、外見上は優しく見えますが、
若い方達は特にご注意ください。
 虐殺や戦争の事例が実に多い宗教です。
 それは『(キリスト教の)神の義によれば、人を誅しても良い』
という教義から来ております。
 他人を絶対にあやめてはいけません。
 間違った宗教に幸せな未来はありません。

 キリスト教の罪悪の一例である、ヨーロッパの30%もの方々が
亡くなった戦争事例がどの様なものかをお調べ下さい。
 そしてまた、この%の異常さをお感じ下さい。
 どの宗教も同じという話は無くなると思います。
 やはり、教え・教義からくる悲惨な結末なのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(資 料) : 女性の悲劇:ヨーロッパのキリスト教国の女性には拷問
を伴う魔女裁判という悲しい歴史があります。
今、日本では「美魔女」など安易に魔女という言葉を使われますが・・・
 題:キリスト教国におけるキリスト教による魔女裁判
 16世紀のなかばのトレドのキリスト教の異端審問で、エルヴィラ
という人妻に対して行われた「尋問」の経過を、忍耐強い書記が
被告の悲鳴や絶叫にいたるまで、細大洩らさず書きとめた長文記録
です。
 裁判には拷問が必ず行われました。
 以下その一部。
 ・・(エルヴィラの両腕を縛った綱がさらに締め付けられ、捻じ
られる。悲鳴。)
 「裁判官さま。何を申し上げたらいいか、言ってください。私が
どんなことをしたのか私にはわからないのです。綱をゆるめてくだ
さい、本当のことを申しますから。何を言えとお望みなのか、私に
は分かりません。おっしゃってください。その通りに申します。」
 (さらに綱が締められる。「真実を言え」と迫られる。「どう言
ったらいいか教えてください。何でも申し上げますから」と彼女は
繰り返す。)(「おまえは豚肉を食べただろう」と誘導される。)
 「いいえ、食べた事はありません。豚肉を食べると私は気持ちが
悪くなるのです。豚肉は好きじゃないんです。私は何も悪い事はし
ていないんです。どうぞ放して下さい。何でも申しますから。何を
申し上げれば宜しいのですか。何を言ったらいいのか分からないん
です。言って下さい。何でも申します。放して下さい。何でも申し
ます。・・・言って下さい、言って下さい。」
 (綱はゆるめられず、「カトリック教会にそむく事をしただろう」
と尋ねられる。)
 「放して下さい。・・・(うめき声)・・・ここからおろして下
さい。何を言ったらいいか、言ってください。ああ・・・苦しい。
お望み通りのことをみんな申し上げますから・・・。裁判官さま、
もう腕が砕けます・・・。ゆるめてください・・・」
 (「お前がした事を詳しく言え」と迫られる。)
 「何を申し上げたらいいのか・・・。そうです、いたしました。
なんでもいたしました。・・・ああ、ゆるめて下さい。申し上げね
ばならない事が、私には思い出せないんです。弱い女の身です。腕
が砕けそうです。弱い女に、憐れみをお持ちではないのでしょうか。
・・・」
 (裁判官は、「本当の事を言えば憐れみを持つであろう」という。)
 「裁判官さま、言って下さい。本当の事というのを教えて下さい
・・・。(泣きむせぶ)・・・分からない・・・何を言ったらいい
のか・・・。」
 (同じ言葉の繰り返しと拷問が続いたのち、「おまえは土曜日に
麻の着物を着替えただろう」と尋ねられる。)
 「はい、着替えました。着替える時が来ていたからです。悪意が
あっての事ではありません。何をお考えになっているのでしょう。
・・・」
 (裸にして拷問台に寝かされる。四肢は四方に、綱で引っ張られ
る。口に水管が差し込まれ、水差しから水が注がれる。その合間合
間に彼女は前と同じことを繰り返えす。ここで、拷問は一時「中断」。)
 それから4日後、拷問は再開された。
                岩波新書「魔女狩り」より
      (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

民から批判の声があがったらおしまい・・。

 投稿者:ななしのひつじさん  投稿日:2013年 7月29日(月)16時02分36秒
返信・引用
   題:民から批判の声があがったらおしまい・・。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教は、非常に矛盾の多い宗教だ。
 それ故、人々に正しい示唆(しさ)を与え得ない宗教、与え
ることのできない宗教とも言える。
 その矛盾に気が付いているのか?
 皆は目をつぶっているとしか言えない。
 気が付いているが、「黙っているという状態」。
 卑劣な事をしている。
 例えば、(「ルカによる福音書」19・1~10)に、イエスが
差別のない人だったと説く。
 「取税人という、ユダヤ社会で嫌われていた人に家に行った
りしていた」と、キリスト教聖書に記されている。
 取税人とは、重税に喘(あえ)いでいた民から、武力で統治
権をイスラエルから奪ったローマ帝国側に立って、代わって、
民から税金を取り立てた人。
 民は貧困に喘いでいる中で、取税人は、取り上げた金で、金
持ち状態だった。
 それは、取り立てれば、取り立てるほど、民を「絞れば、絞
るほど」、取税人・個人の金も増えるという形になっていた
ためだった。
 同じ民族の民から、取税人は、必死に、時にはアクドイ税の
取り立てをしていた。
 当然、「ローマ帝国という虎の衣を借る狐」の状態で、
 取税人は最も嫌われていた。
 それでなくても、民は『神殿税』など色々な税でで苦しめら
れていた。
 イエスは、この民を苦しめる取税人の、「苦しめ行為」を知
っているのか、知らないのか、知らない訳が無いのに、
 この取税人の家に上がり込んで、
 金に明かして、旨い汁を吸って得た金で、旨いものの用意が
されたのだろう。
 イエスは取税人の家に上がり込んで、飲み食いをした。
 民は、イエスを「大酒飲み」とか、「大飯食らい」と揶揄
(やゆ)った。
 これだけが、民のしがない抵抗の姿だった。
 しかし、キリスト教は、この様な状況や、民の気持ちを無視
して、イエスを美化した。
 ただ、盲目的としか言えない美化をした。
 「差別をしない」と美しくキリスト教は言うが、
 逆に、「弱い民をないがしろにする『差別』を、イエスはし
ていた」とも言え、この様な事に目をつぶるキリスト教だった。
 卑劣である。弱い者いじめとなっているのである。
 しかし、この(ルカによる福音書)に、イエスが、何故、こ
の様な事をするのかの、イエスの言葉がある。
 それは、取税人も同じ民族なのだからと言っている。
 そんなのは、当り前。
 同民族の仲間の中でどうするのかの話であるのに、ピントが
ずれた話をしている。
 キリスト教は、「(キリスト教の)神の義があれば、人を誅
しても良い」の教義があるが、
 その教義の考え方から、飢饉の地のイスラエルの民は、飢餓
状態からの脱出のために、隣国へ攻め込んで、隣国の人を殺し、
富を奪った。
 キリスト教の教義の体質にはこの考え方・思想が流れている
が、『イエスも、まったく、これと同じ』。
 「同民族だからいいのだ」である。ピントがずれている。
 同民族の一般大衆の声はどうするのだ???
 同民族なのだから・・と、言って家に上がり込んで、大酒を
飲み、重税に喘ぐ同民族の民の気持ちを逆なでする。
 何ら民の気持ちを汲んでやっていない。一般の人々・弱い民
のイジメである。人格的には失格者である。
 因(ちな)みに、「取税人は誰でもなれる訳ではなかった。
高い金を出して権利を買う。それが買えるという金持ちだけが、
なれる権益だった」。特権階級だった。強者なのである。
 この「強者の特権に取り入ったイエス」だったとも言える。
 甘い蜜をなめて暮らす人・取税人だった。そして、その取税
システムから、自分の腕力で取り立てる人だった。
 悪辣取り立ての記録がある。
 獲り放題の記録もある。
 『金に魂を売った人非人』。同民族を売った状態。
 民が非常に憎んだ人だった。
 この様な人種にとり入っていたイエス。
 もしかだが、「この鼻つまみにとり入ったイエスに、税金上
の特別扱いを受けていたという話・疑惑は否定できない」。
 その様にも考えたいくらいの、「イエスのいれ込みよう」だ
った。
 イエスの『異常な入れ込み』が評判になるくらいだった。太
鼓持ちイエス状態だった。
 民から悪い批判の声があがったら『おしまい』なのである。
        (詳しくは、以下のブログへ)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
 

当時の、特殊事情の説明・話で構成されている

 投稿者:ななしのひつじさん  投稿日:2013年 7月28日(日)01時37分22秒
返信・引用
  題:当時の、特殊事情の説明・話で構成されている
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教の聖書は、「昔はこの様な状況でした」と説明す
るにすぎない本です。
 例えば、(「マルコによる福音書」2・1~12)には、中風の
病気の人が、イエスに癒(いや)されたという話があるが・・、
 これは、古代の当地では、何かその人が悪い事をした報(む
く)い、古代の当地で、決められていた律法を犯したことが、
そうした形で出て来たのだと思われていた。
 悪いことをしたから病気になるという、悪いことをした原因
の結果、病気になるという『因果律』の考え方だった。
 イエスも、この様な『因果律の考え方』を持ち、そう思って
いて、その『因果律の考え方の結果』から行動を起こす人だっ
た。
 また、当時、その人が悪い事をしてないと思っても、先祖の
人が、何か悪い事をしていれば、その結果が色々な病気などの
不幸となって現われてしまうのだ(報い・むくい)ともされて
いた。
 つまり、先祖の報(むく)いが子孫に仇(あだ)となって表
れたと考えられていた。
 このイエスの考え方は、原始の古代時代には良くある『古い
考え方』だった。
 ユダヤ教は明らかにその様に考え、ユダヤ教のイエスもその
様な宗教性に捉(とら)われ、染まっている人だった。
 故に、イエスは、この考え方に則(のっと)って行動をした。
 今・現代の考え方とは、まったく違う行動パターンだった。
 そして、人間が罪を犯しているかどうかの尺度として律法と
いうものがあった。
 一番重要な当時の守るべきものと考えられていた。
 イエスもこの考え方から「病気癒しの行為」をした。
 それは、神から与えられたものと考えられており、
 また、神の命令とも考えられていた。
 そして、神との約束とも考えられており、
 神と交わされた契約なのだとも考えられていた。
 その中には、神と人間との契約以外に、人間と人間との契約
も含まれているというおかしな所もあった。
 その様な考え方から、守らねばならない契約として古代人の
この頃の人は『この律法』を重要視した。
 故に、その中風の本人か、または、その中風の人の先祖の人
かが、律法を破っていると考えられいて、この様な病気になっ
たとされた。
 律法を破っている者は、神に喜ばれない者であるとされ、そ
して、そう考え、この様に、律法は非常に怖い報いがあり、だ
から、その怖さから逃れたい、報いを避けたいという気持ちか
ら、律法は守らねばならないもの、守るべきものとされていた。
 イエスの活動は、この様な、古代の観念の中で行なわれた。
 以上の様な、現代には無い、色々な細々(こまごま)とした
事情の説明を受けない限り、そのほとんどが理解できない、理
解不能な、当時だけの特殊な事情の下(もと)での話だった。
 キリスト教の聖書は、この様な、古代の特殊事情の説明・話
で構成されていて、だからその当時の古代は、「こうしました」
と、その説明があるという本なのである。
 現代とは、まったく、異質な次元の話で、
 その特殊な事情ゆえ、
 今・現在では、何ら得るべき様な所は無いといえる。
 結局、古代の、針の先で突(つつ)く様な特殊な事情のもと
で、イエスが、その特殊事情で「ああした」「こうした」とい
う話なのである。役に立つような所はない。
      (詳しくは、以下のブログに)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp
 

新たな苦悩と痛みが、始まる

 投稿者:ねこさんた  投稿日:2013年 6月22日(土)03時01分22秒
返信・引用
  題: 新たな苦悩と痛みが、始まる。
...(真を求めて 皆様と共に幸せになりたい)
.
 キリスト教徒は、キリスト教の教義通りに、天国に入って赦
されたで『ホッ』とするのだろうが、しかし、
 一人の無垢(むく)の少女に加えられた凌辱(りょうじょく)
の痛みは、たとえ来世において本人自身による赦しが確証され
たとしても、決して抹消され得ない。
 その痛みを抹消できるかのように、
 キリスト教は「赦し」の教義を語る。
 この重い問題を、キリスト教徒は、真に、どう思うのか?
 たとえそれが、キリスト教の神によって語られても、
 少女には深刻な苦悩が残る。
 それを残らないと、少女以外のものが、「その一方的な決定を
押し付けるのか?」。
 少女の苦悩がどれほどか、
 当事者本人の「赦し」の意志の有無を確かめずに、
 キリスト教およびキリスト教徒は、
 「(キリスト教の)神の赦しがあったと、
 赦すという行為を続ける」。
 消えることのない「少女の痛恨の念・苦悩の心」は、
 キリスト教の未熟な思い遣りによって、
 キリスト教の教義によって
 「無視される」。
 キリスト教徒は、
 本当に思いやったと思って
 自己満足に入る。
 新たな苦悩と痛みが、「少女に始まる」。
 (参考)りょう‐じょく【凌辱/陵辱】 [名](スル) 1 相手
を傷つけるような言動をして、恥をかかせること。「武力によ
る―を受ける」 2 暴力で女性を犯すこと。.
(追伸)
 キリスト教の「罪の赦(ゆる)し」の「信仰」が、
非常にしばしば、
問題の『観念的な解消』へと誘うという
「無責任」や「逃避」を許し、
 アヘン的な『 麻薬陶酔的な解決の仕方 』の機能を
 果たして来た。

  .
(追伸)
 キリスト教の「罪の赦(ゆる)し」の「信仰」が、
非常にしばしば、
問題の『観念的な解消』へと誘うという
「無責任」や「逃避」を許し、
 アヘン的な『 麻薬陶酔的な解決の仕方 』の機能を
 果たして来た。
         (詳しくは、以下のブログに)
URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009
URL: http://moppo28.blog.so-net.ne.jp
 

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